藤谷純子
                                 
 
    親鸞さま  なぜ お念仏なの?
                                            藤谷純子
 
  今年十一月の親鸞聖人並びに恵信尼公七百五十回御遠忌に向けて、私たち勝福寺門徒は「親鸞さま、なぜ お念仏なの?」というテーマのもと聞法会を重ねている。そこには、親鸞聖人がなぜ私達にお念仏を勧めて下さるのか、私達はなぜお念仏を申さねばならないのか、解らないということがあるからです。
 私の母はいよいよ介護施設に入らねばならなくなった時に「ここは自分の家 ここにいる ここにいる ほかに家はない」と弱弱しい文字でメモを残していた。また先日サロンに連れられて来た老婆も「何で子供達は私を捨てたんでしょうねぇ、あんなに苦労して大学まで出し留学までさせてやったのに」と歎いていた。家中心の家族制度が崩れたことによって、自分の暮らした家で老病死を送れる人は本当に少くなった。身をもって生きる私達は、過去に支えられ未来が開かれていることで現在をしっかり生きることができるのだろうが、現代は、先祖から受け継ぐ過去(土地や家屋・家業や宗教など)が負の遺産となり、次世代のためにという未来も見えなくなっている。「我今帰するところなし、孤独にして同伴なし」という『往生要集』の言葉が、老いるほどにわが事として実感されてくる。生老病死の身を託すことのできる世界、倶會一處の世界が見えない。これが諸行無常の世に、諸行無常の身を生きる私たち誰もの苦しみである。
 昭和二十四年に再再開された崇信学舎の綱領には「この会は、身にひざまずくことを知る若者の集いである、心に明かりを求める若者の集いである、世に和(やわ)らぎを願う若者の集いである」とあった。この崇信学舎の初心は、私自身の初心でもある。特に「身にひざまずく」とはどういうことだろうか。三帰依文にまず「人身受けがたし」といただかれた身のことであり、この身を受けたことによって聞きがたい仏法を聞くことができて、人に生まれた本懐に目覚め、はじめてこの宿業の身を善悪・浄穢を言わずに生きることが始まったということだろう。出雲路先生から「生きるとは、身に仕えることですよ」と言われた時、身を駆使して心の満足を得ようと生きていた私には、それは思いがけない言葉だった。与えられたこの身は我がものではない。この身において表現される生老病死のすべては、今日まで来た永いいのちの業道自然のすがたである。これを「わが身」と摂取不捨してくださる魂の名を法蔵菩薩といい、南無阿弥陀仏というのだと教えていただいた。その御名に呼ばれつつ、その御名の心を我として身に従い、老病死の旅をたどっていこうと思っている。