児玉先生、有り難うございました 藤谷純子
児玉暁洋先生の訃報を受けて、私もお葬式に参らせていただきました。京都はちょうど葵祭で混雑しておりました。岡崎別院には次々と卒院生がお参りに見えましたが、はっきりと思い出せない方も多かったです。中川皓三郎先生の言葉にならない弔辞を聞きつつ、私にも思い出されてくる場面がありました。
私達が結婚のご縁をいただけたのは、児玉先生の思いつきからでしたので、そのお礼を申し上げたかったのです。結婚をして二年位経っていたでしょうか、知道さんが学院に行けなくなってしまった時に、先生がおいで下さり、「学院に迷惑をかけるとかは全く考えないでいい、僕たちが何とかするから。生活の事も心配いらない。知道君が自立してくれることが一番大切なことだから」とおっしゃってくださいました。また中途で辞めることになった時も、信国先生の選集のお仕事を勧めて下さいました。知道さんはそれに応えて懸命にそのお仕事をさせていただき、それが終わった時、私にはまだ心残りがありましたが、九州のお寺へ帰ることになったのでした。
先生には、まだまだやりたいことがおありだったでしょうね。そして周囲の人々へのご心配もあったことでしょう。五月六日の崇信学舎での最後のご法話も拝読させていただきました。先生の一貫した信念の生き様を見せていただくことができました。同人会などで私達がホテルに泊まったときも、先生は崇信学舎に帰られました。最後まで崇信学舎にお命を捧げてくださいました。
行き行きて倒れふすとも萩の原
私達の結婚式の時に、先生が書いて下さった芭蕉の句が思い出されます。
真宗門徒は「死亡」や「逝去」と言わずに、「往生」とか「浄土に還る」と言ってきましたが、このたびのご示寂を通して、日ごろ先生が「南無阿弥陀仏を真実の自己として発見し、如来の本願をわがいのちとして生きかつ死す」と言われていた通りの人生を貫いて本願を成就されたことが思われました。その本願とは、親鸞聖人の著された『教行信証』証の巻に「必至滅度の願」とあり、また「証大涅槃の願」とある如来の本願成就であり、そのまま先生ご自身の本願の成就であるという往生の内容を教えていただいたご示寂でした。
私の日常心では、念佛申しつつも成仏とか涅槃という言葉は遠く感じてしまうのですが、私も本願力自然の歩みのままに、「念仏成仏是真宗」の一道を歩ませていただきたいと願っております。幸いにも先生の選集が刊行されています。輪読会のたびに先生に再会させていただけることでしょう。
同人会の時に奥さんがおっしゃっていましたが、今年はお二人で桜を見に行かれたそうですね
NHKの大河ドラマ「いのち燃ゆ」で、死期も近い父親(吉田松陰の父)を見舞った時の、娘の文さんとの会話が思い出されます。
折から風に舞い散る桜を見上げて
(文)あ、花が
(父)桜か ・・・・
見よ!
(文)散っておりますね
(父)いや、散っちゃおらん。解き放たれとるんじゃ。人も花とおんなじじゃ、放たれて旅立つ。己れを惜しみなく降り注ぐことができる場所へ。
児玉先生、八十七年の念仏成仏道の歩みを遺して下さり有り難うございました。南無阿弥陀仏